初めての方へ For First-Time Visitors

 

クリスチャンでなくても、教会に行っていいのですか?

もちろんです。水戸キリストの教会には毎週日曜日に大勢の方々が集まりますが、信者でない方々も多数おられます。ストレスの多いこの時代に、教会は心のオアシスです。毎週の礼拝を通して、生き生きと前向きに生きるための力をあなたに体験していただきたいと願っています。

信仰がなくても参加できますか?

信じる前、信じない前に、まず「知ること」が必要です。 そのため、正確な聖書の教えを知っていただくことが教会の務めだと思います。「知りたい」「成長したい」というお気持ちがある限り、教会はいつでも歓迎いたします。

教会にはどんな人が行っていますか?

0才の赤ちゃんから90才近くの高齢者の方々が教会に来ております。学生、若者、会社員、教師、主婦、高齢者まで、日本人だけでなく様々な国籍の方々がおられます。日本語と英語でのバイリンガル礼拝を行っており、インターナショナルな雰囲気があります。

教会では、どんなことをしているのでしょうか?

この水戸キリストの教会のホームページにわかりやすく掲載しています。お知りになりたいところを訪問してみて下さい。 きっとあなたに合った集会もあることでしょう。

聖書について勉強してみたいのですが

水戸キリストの教会には、聖書を学ぶために様々なクラスがあります。どうぞご自由にご参加ください。

教会に行くとマインドコントロールされたりしませんか?

信仰についてご質問があれば丁寧にお話いたしますが、こちらから信仰を押しつけたりすることは決してありません。神様は強制や洗脳を喜ばれるお方ではなく、自由意志による信仰を待ち望まれる方だと信じています。

プロテスタントとカトリックはどう違うのですか?

私たち水戸キリストの教会は、教派を超えて様々な方々が集まるプロテスタント教会です。プロテスタントとカトリックの違いについては、歴史が大きく関わり長くなるので詳しくは述べませんが、呼び方の違いでは、カトリックは指導者を神父・司祭と呼び、プロテスタントは牧師と呼びます。礼拝をカトリックではミサといい、プロテスタントでは礼拝といいます。カトリックではイエスの母マリアは信仰の対象となりますが、プロテスタントではマリアよりもイエス様に信仰が向けられます。

どの教会に行ってもいいのですか?

どこの教会でも温かく迎えてくれるはずです。 ただし、「教会」という文字がついていても正統な教会ではなかったり、キリスト教とは関係ない場合があります。

礼拝は、どんなことをするのでしょうか?

礼拝では、讃美歌を歌い、祈りを捧げ、聖書のメッセージを聞きます。世界のベストセラーである聖書は、きっとあなたに生きる希望を与えてくれることでしょう。

教会に行くにはお金が必要ですか?

教会の献金はお布施や、入場料ではありません。強制ではなく、全くの自由意志で行っています。自分の持っているものはすべて神に与えられたものですから、その一部を感謝の気持ちとしてお返しし、神の働きのために用いて下さい、というのが献金です。教会の運営費や様々な活動は、献金ですべてまかなっています。

礼拝に行くのに、何か持って行くものは必要ですか?

水戸キリストの教会では、聖書や讃美歌の貸し出しを行っていますので、ご自分で用意される必要はありません。礼拝堂の前方のスクリーンに、讃美歌は映し出されます。

どんな服装で行けばいいのですか?

水戸キリストの教会には様々な年代、国籍の方々が集まっていますので、服装もバラエティに富んでいます。街の中を歩くような自然な服装で、どうぞお気軽にお出でください。

教会に小さな子どもをいっしょに連れていっても大丈夫ですか?

どうぞ安心してご一緒にいらして下さい。教会は大人だけのものではありません。聖書にはイエスさまが子どもたちを積極的にお招きになられたことが記されています。水戸キリストの教会は、すべての年齢層の人がありのままで神様を喜び礼拝することを目指しています。そのために、幼児から小学生までのお子さんたちに、お話や元気な讃美歌、ゲーム等を通して、楽しく聖書の世界にふれてほしいと願っています。赤ちゃんのためのベイビーシッターも用意してお待ちしております。

駐車場はありますか?

はい。数十台の駐車場があります。ご自由にご利用ください。

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冠婚葬祭のこと

水戸キリストの教会で結婚式をあげられますか?

申し訳ありません、当教会での結婚式は、当教会の教会員や関係者に限らせていただいています。 キリスト教では、結婚式を礼拝として考えています。

キリスト教の葬儀は、だれでもお願いできますか?

申し訳ありません、当教会での葬式は、当教会の教会員やその家族など、関係者に限らせていただいています。キリスト教では、葬式(告別式)は礼拝と考えておりますので、礼拝形式で行われます。

教会に行くと、家のお墓を捨てなくてはいけないですか?

「キリスト教の教えって、結構いいな」と思う人は、非常に多くおられます。 「もしどれか本当に信じるとしたら、聖書だな」という人も多いです。 しかし、実際上のネックになっている事柄に、「家の宗教」があります。 「うちの家は仏教で、お墓を守っていかなくてはならないのですが」という方がおられます。 もちろん、イエス様を信じれば、そうした他宗教の教えではなく、聖書が真理である、とすることになります。信仰の良心においては、イエス・キリストだけが私の主です、と告白します。
 しかし、家が仏教、つまり祖父や祖母、両親などが仏教徒で、お墓をすでに建てていて、たとえば長男である自分がそれを見ていかなくてはならない、しかし信仰としてはキリスト教がいい、という場合があるとします。 その場合、お墓を見るということは、お寺にお墓の管理料を払ったり、お盆にお墓参りをするということでしょう。そうしたことは、キリスト教信仰を持ちながらでも、全く構わないのです。 他宗教の慣習的な部分については、内面の信仰の良心が犯されない限り、参加しても問題ありません。お墓の前で祈る場面もあると思いますが、そのときは先祖の人々を尊敬する思いを抱きながら、三位一体の神様に家族の平和を祈ればいいのです。

家族は仏教ですが、自分がキリスト教に入ったら、自分が死んだとき、遺骨はどこに入るのですか?

これは、ケースによります。ご本人が何も言い残しておらず、ご家族が「家のお墓に入れたい」という場合には、教会で葬儀をしていても、家のお墓に遺骨を入れることもあります。 また、「分骨」をすることもあります。遺骨を分けて、家のお墓と、教会の納骨堂の両方に入れることもあります。
 キリスト教信仰には、「遺骨」への強いこだわりはありません。「遺骨」が「本人」であるとは考えないのです。本人の魂はすでに、神の御許で安らいでいると信じますし、遺骨がどういう状態だろうと、終わりの日には、神の力によって永遠の命の肉体に復活するのです。もちろん遺骨を軽んじる訳ではありませんが、「遺骨については是が非でもこうするべきだ」というこだわりがありません。 家が仏教であって、お墓を守って行かなくてはならなくても、自らの信仰についてはキリスト教である、ということは十分成り立つのです。
 もちろん、ご家族が理解を示して下さらないと、キリスト教信仰に入るのが難しいところがあるかもしれません。ご家族と話し合って、ある程度理解して頂くのは大切なことです。 しかし、「キリストへの信仰」は自分の永遠の世界での事柄を決定する厳粛で重大なことですので、最後は自らと神との関係の中で決断して、洗礼を受けることになります。

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